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| 所在地 | 東京都北区西ヶ原2 |
| 交通機関 | 都営三田線西高島平駅下車 徒歩10分 |
| 別 名 | - |
| 略 歴 |
平塚城は、平安時代末期に秩父平氏庶流の豊嶋太郎近義により築城された。 八幡太郎義家は後三年の役で奥州へ遠征した帰路に平塚城に立寄り逗留している。その際、饗応に感動した義家は、鎧と十一面観音を近義に残した。 義家の死後、近義はその鎧を城の鎮護のために埋め、塚を作った。それが、本殿裏の甲冑塚と言われている。 その後、豊嶋氏代々の居城として伝えられたが、豊嶋泰経の文明10年(1478)、太田道灌により落城した。 |
| 現 況 |
城址は平塚神社境内となっており、遺構らしきものは残されていない。 しかし、豊嶋太郎近義が義家の甲冑を埋めたとされる甲冑塚は、本殿裏に残されている。 |
![]() 平塚神社 |
![]() 平塚神社境内 |
![]() 平塚神社碑 |
![]() 甲冑塚 |
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